沖縄本島一周。8日目。
沖縄本島の東側。嘉陽の浜で朝を迎えた。
目がさめてフルメッシュのテントの中から辺りを見回そうと頭を少し持ち上げる。
海の方を見れば水平線の先からぼんやりと空が白んできているのが見えた。
まだ起きるには少し早いかと思い頭を地につける。
僕の真上はまだ星がちらついて夜のようだ。
海の向こうからは朝が近づいてきている。
東海岸の朝は気持ちが良くて好きだ。
早く起きれた時は陽が昇るのを見る楽しみがあって、寝過ごしても徐々に日が差してくれば自然と目が覚める。
どうしても眠くて起きる気になれない時は強烈な日差しでジリジリと焼いてくれるので、怠けがちな僕も起きるしかなくなる。
今日は風も気持ちよくテントの中を通るので、もう少しだけウトウトしようかと思っていたが、天気も良く特に景色も綺麗な場所にいるので僕は浜辺を散歩することにした。
嘉陽の浜は長く歩けるので散歩にはもってこいだ。
徐々に明るくなる空に連れて睡魔をまとって鈍い体も頭も覚めてきている。
アクビと共に伸びをしたら、岩場を登って静かな朝の景色を眺めた。
そろそろ水平線に陽を拝めそうだ。
満足したらテントに戻って、前に買っておいた菓子パンを食べて海に出た。
北東側の海岸は岩肌が荒々しく剥き出しになっている所が多く、人の手があまり入っていない迫力のある景色が続いている。
カヤックのスピードに合わせて徐々に流れる景色を見るのも海上での楽しみの1つだ。
この日見た景色は今回の旅でも特に印象的だったのを覚えている。
場所は天仁屋岬。
水の透き通る綺麗な場所に荒々しく削られた岩が突き出ている。
浅瀬は穏やかだが深場は外洋のウネリが岩に打ち付けては砕けていた。
今回の旅で迫力のある場所の1つだった。
天仁屋岬を越えてしばらく湾内を進む。
陽も頭の真上近くまで登ってきていて気がつくと腹が減ってきた。
普段の昼飯はドライフルーツとナッツが一緒に入った乾き物を食べて海の上ですませている。
意外と体を動かしているからか腹は減らないもので、更に日差しと海面から上がってくる熱気にやられて昼間は食欲が湧かない。
だけどこの日はやけに腹が減ってどうしようもなかったので、どこかで休憩することにして歩を進める。
しばらくすると魚港が見えてきたので、隣の浜に上陸した。
漁港=集落。
「人が住んでいるなら商店が有るはずだ。」と思い近くを散策しながら店を探すつもりで飲み物やカメラなどの荷物を持った。
南国の7月。強い日差しの中、アスファルトの上を彷徨うのはしんどそうだが、減った腹には耐えられない。
田舎だとどのくらい歩けば商店があるかもわからない。先は長そうだ。
それでも「飯のために頑張るか!」と意気込み、浜に引き揚げたカヤックを離れた。
焼けた砂浜の傾斜を登ると正面に商店が鎮座していた。
散策用の荷物を置きに一度カヤックに戻って財布を片手に商店に向かった。
扉を開けると、お昼時の商店は地元の人達で賑わっている。
1つしかない商店のレジ前では子供を連れた奥様方が弁当を手に他のお客と話している。
僕も残り少ない弁当の乗ったワゴンの中からオニギリとカップラーメンを持って列の最後尾に並んだ。
前の人達からは他愛のない世間話が聞こえてくる。
昼間の商店は地元の交流場所と化していた。
最近は極端に1人で海にいる時間が増えて普段の生活とは違う数日が続いている。
日中は気を張っている場面が多く、人との交流も減った。
だけど今日は商店という場所の些細な日常の風景に当てられて、普段の生活感が自分の中に戻ってきた。
そのせいか気持ちが緩んでしまった。
商店を出て脇の木陰で昼飯をガッツいたがまだ物足りない。
仕方ないのでアイスとチョコレートも食べたら緩んだ気持ちに眠気と疲れが足されて海に出るのが面倒になってきた。
少し休憩をしてから出発する事にしたが、緩んだ気持ちがなかなか引き締まらなくてそのまま今日は一泊したい位だった。
ただ、野営をするには不向きな場所だったので、渋々海に出るしかなかった。
集中力もなく漕ぐことが億劫だ。
風も一周を始めてからずっと向かい風が続いていて気持ちを削っていく。
更に漕ぐ度に脇腹が痛むようになってから、痛みが日に日に増してきていて、パドリングする度に肋骨の内側が軋むような鈍い痛みが楽しさを半減させていた。
気持ちが萎えてくると一気にカヤックは進まなくなってしまう。
そうなると前に進まない事に気分が落ちて、負のループから抜け出すのが難しくなってくる。
ズルズルとカヤックを漕ぎ続けるのも微妙なので今日は適当な所で上陸しようと思っているのに、「隣の方がいいビーチかも。」と期待して進んでいる間に気づけば夕方になってしまった。
時間もないので「次の岸で強制上陸。」と誓いカヤックを漕いでいると、超えた岬の脇に小さなビーチがあった。
あそこだったら通り過ぎたビーチの方が良かったなと少しガッカリしたが、もうそんな事は言っていられる程の時間も無いので一泊過ごす事に決定した。
上陸しようと近づくと小さなウネリが岬にぶつかって跳ね返り他のウネリにぶつかって岸周りは水がグチャグチャとしている。
浜も砂ではなく、お手玉サイズの丸っこい石で埋め尽くされていてカヤックを上陸させずらい。
僕の乗っているカヤックの素材はFRPやポリエチレン製ではなく布やゴムに近い質感なため、すり傷や切り傷にとても弱く、石の上を引きずって岸に揚げたくなかった。
持ち上げて上陸させたいが、荷物一式が入っているカヤックを1人で持ち上げるのは無理だ。
結局、なるべく穏やかそうな所で波に邪魔されながら急いで荷物を降ろしてカヤックを持ち上げて上陸させた。
バタバタとしてる勢いでそのままテントを張って飯の支度をしている間に気づけば辺りは薄暗くなっていた。
朝はあんなに気分良く出発したが午後からは疲れた1日だった。
無人の小さな浜で1人、焚き火を囲みながら持っていた日本酒を呑みその日を終えるのであった。
明日には本島最北端の辺戸岬に着けるだろう。
気がつけばこの旅ももう半分近くすぎていた。