沖縄本島一周。9日目。最北端の集落で。

 

沖縄本島、最北端の海岸線に着いた時にはもう陽も傾いてきていた。

目の前に島の北端、辺戸岬が見えるが今日はその手前のビーチで1泊過ごすことにした。

僕が上陸した場所は沖縄本島では一番北部にある集落で、名前は奥集落。

 

 

とりあえず腹が減って仕方ないので寝床の準備もせずに、集落で飯屋を探すことにした。

古い沖縄の集落の風景が続く。

石垣に挟まれた小道を進むと飯屋があったが休業中の札が掛かっていた。

仕方がないので、近くの共同売店でビールでも買いつつ集落の情報を聞いてみることにした。

 

 

店の中では地元のラジオが流れ、レジにはおじさんがパイプ椅子にもたれて、ひとり新聞を読んでいる。

レジに商品を置くとチラっとこっちを見て無言で電卓を打って、終わるとこちらに液晶を見せてきた。

僕は小銭を財布から出しつつおじさんに飯屋情報を聞いてみた。

 

 

おじさんによると飯屋は2件あるらしい。

1軒は最初に見た休みの札が掛かかったお店で、もう1軒はだいぶ距離があるらしい。

「それじゃあ今日も自炊かな。」おじさんにお礼を言ってお店を出ようとしたら、1人のお兄さんがお店に入って来た。

 

 

売店の前でビールを飲んでいると、買い物を終えたさっきのお兄さんが「兄ちゃんどこから来た?」と声をかけてくれた。

ここの地域は観光客もあまり来ないようで、1人でフラフラしている若者は珍しかったようだ。

奥集落に若い人はあまり住んで無いそうで、通りかかった人は次々と声をかけてくれる。

なんなら一緒ビールを飲み始める人もいて、気がつくと6〜7人の輪ができてた。

カヤックで島を周っていると話をするとみんな面白がって聞いてくれた。

 

 

みんな優しい人たちばかりで「今日はどこに泊まるんだ」と聞かれてキャンプをすると言うと、色々と泊まっていい場所を教えてくれた。

「なんなら私と一緒に寝るかい?」と冗談を言うオバーもいた。

 

 

そんな中、1人のオジイが「明日、那覇に行くから車の荷台にカヤック乗っけて送ってやろうか」と言ってくれる人もいた。

 

次第に暗くなってきたら、チラホラと解散ムードになったので僕も来た道を戻り始めた。

 

帰り際、休みの札のかかった飯屋に人が出入りしているのが見えたので、お店の戸を叩いてみるとママが出てくれた。

 

「ご飯食べれますか」と聞いてみると「入ってー」と快く通してもらった。

 

中央の席に60代の常連さんが飲んでいる。

ママは「唐揚げならできるわよ。」と言うと準備を始めてくれた。

カウンターで飯を待ちながらビールを飲んでいると、常連さん達に一緒にカラオケしないかと声をかけてもらい、同じテーブルに入れてもらった。

 

席について、自己紹介とカヤックの旅の話をして口々に「若いのは時間あっていいな」「あちこちに女作ってるんだろ。羨ましいな。」「他にやることないのか」とわざわざなんで疲れる事をして移動しているのか分からないといった反応であった。

 

「明日那覇に行くから軽トラにカヤックのせて連れて行ってやろうか?」と言ってくれた人がいたのでやっぱりよくわかってもらえてなかった。

 

常連さん達は順番に演歌を歌っていて、カラオケ1人100円と書かれた箱がテーブルに置いてあるが、中は空だった。

マイクが僕に周って来て「今時のを歌ってくれ」とリクエストがあったので僕はブルーハーツを歌った。

誰も知らなかったので、今時の曲になったみたいだ。

 

ジョッキがカラになって、ビールのお代わりをもらいにカウンターに行くとちょうど唐揚げも出来上がった。ママに「唐揚げオマケしといたからしっかり食べなさい」と大盛りご飯と一緒に出してもらった。

いつもの簡素な飯に少し飽きていたのもあり、熱々のご飯と唐揚げはあっという間に僕の胃袋に消えて行き、キンキンのビールに手をつけるとあっという間に満たされた。

 

仕事が終わったママに僕は地域の事を聞いてみた。

意外とお店はまだ出来たばかりのようで、オープンしたのは2、3年前との事、カラオケは最近設置したばかりで、今回は常連さんとカラオケのお披露目会だったそうだ。

僕はタイミングのいい時に来たそうで、本当なら定休日だといっていた。

 

奥集落ではお茶が有名で奥茶というブランドで沖縄では有名なのだとか、常連さんの1人はその奥茶農園の社長さんで、仕事が結構忙しくて、働き手を探していて「お前暇なら働かないか」と社長さんは言ってくれたが、海況がいい日が続くので、「本島一周が終わってそれでも忙しければ手伝わせてほしい」と伝えると、名刺を渡してくれた。一周後に連絡してみたが、もう人手が足りてしまっていた。残念。

 

「そういえば、今日はどこに泊まるの?」とママに聞かれてテント泊と伝えると、それなら「お店の庭で泊まりなさい」

と言ってくれた。シャワーやコンセントも使っていいから、と至れり尽くせり状態であった。

 

テントも張り終わったので、お店に戻りお礼を言うと、ママに「私からのサービスでいいわよ」とおもむろに僕の空いてるジョッキにワインを並々に注いでもらった。

僕は奥集落の洗礼を受けた。

今更だが、ママと呼ぶのは常連さんたちがそう呼んでいるからだ、お店的には軽食屋となっていて、カラオケをしてお店の女性と飲んでいたら、それはほぼスナックだ。

 

唯一、違うのはみんな昔からの知り合いなので、お客さんとママという感じより、もっと距離が近いというところだ。

お酒も進み夜も更けて常連さんたちは、ママの若い頃の話や、自分らの若かった頃のことを話してくれた。

すると隣の席のおじさんが「君は若いからこれからいろんなことがあるんだろうね」と何か思い出すように語ってくれた。

「これから先辛いことや悲しいことがあると思うけど、どうしても全てが嫌になったらここにまた来たらいいよ」

そう言っておじさんは残りの島酒を飲み干すと家に帰って言った。

 

ママも家に帰るそうで、あとは自由に使ってとお店には僕1人になった。

1週間ぶりの暖かいシャワーで体の塩を落とすと気持ちの良いまま眠りにつけた。  

 

寝る直前におじさんの言葉が沁みてきて、胸が熱くなった。奥集落についてからというもの、人に優しくされる場面が多くて、少し戸惑っていた。

初対面の他人に何故そこまで優しく接する事が出来るのか、僕には分からない。

ただ、奥集落に行って以来、僕は自分の住んでいる所に来た人には優しく接しようと思っている。