沖縄本島一周。出発前夜。
ツタが絡む田舎のバス停の横に1つ20キロは超える大きなバックパックを2つと布でグルグルに巻いてあるパドルを降ろして僕は荷物の横にしゃがみ込んだ。
ダラダラと流れる汗を袖で拭きながら、日差しから逃れたい一心で小さな日陰の中に潜りこむ。
肩は前後に背負ってたバックパックのベルトが食い込んでいたせいで腕をあげるのも痛い。
しばらくするとバスが来て僕の前に止まると共に乗車口の扉を開く。その扉は新しい事を始める最初の入り口のように見えた。
少しため息をついて、疲れを外に吐き出す。「よっしゃ。」と自分に気合いを入れるために呟いた。
誰にも会わず、ただただ1人で。あまりいい思い出がなかった沖縄本島に自分の中でケリをつける為に。
話はなぜ僕が沖縄本島を一周する事にしたのかまで遡る。
僕は高校生の頃からずっと憧れていたカヤックのツアーショップがあった。
僕が高校を卒業する頃は、初代が引退してショップを2代目に引き継ぐのでバタバタしていてすぐに受け入れてもらえる状況ではなかった。
それでも2代目にどうしても働かせて欲しいと頼み込むと、ショップを3年で安定させて受け入れられるように用意をしてくれる事になった。3年間は他のショップで働いてノウハウを学んでおこうと決めて僕は卒業と共にカヤックショップでツアーガイドの仕事に就いた。
3年間の過ごし方は、仕事が忙しくない時はカヤックで自分が行ける所を広げながらとにかく時間が経つのを心待ちに過ごしていた。
3年の月日が経ち、沖縄本島に越して遂に憧れていたツアーショップのスタッフになれる事になった。
当時の僕はこのショップで技術や経験を積んでキャンプツアーのガイドとして実力者になってやると意気込んでお店の敷居を跨いだ。
でも実際、ショップは代変わりしてからカヤックツアーをやる気があまりなかった。
というか店自体もほとんど機能していなくて僕はかなりショックを受けたのを覚えている。
する事と言えば、たまのカヤックツアーと酒に付き合わされて説教を受ける事。
ほとんどは2代目の遊びに付き合わされる事ばかりで、あまりカヤックに触れる機会もなかった。
それでもすぐに辞めなかったのは、せっかく入れたお店の現実を認めたくなかっただけだったと思う。
2代目の下について一年近くが経った頃。やっと現実を受け入れる事が出来た僕はそこで自分でカヤックを乗り行くしかないなと思いお店を出た。
どこに行こうかと思ったが、とりあえずはツアーでしていた事を自分でやるしかないなと思って沖縄本島一周を計画した。
それに必要なギアを買うお金もないのでとりあえずバイトを探していたら話がタイミングよく舞い込んで来た。
始めたバイト先で沖縄本島に来て1年経った頃やっと友達ができた。
今までは田舎で暮らしていて若い人も周りにいなかったのでとても嬉しい出来事だ。
出来た友達は3人。3ヶ月毎日一緒の職場で朝から寝る直前までずっと一緒に遊んでいた。
娯楽はボウリングしか知らないのかと思うほど毎日ボウリング場に入り浸って、毎回賭けをして一晩で10ゲームを週6日のペースでやっていた。
おかげで僕は1ゲームのスコアが89とどう見ても下手くそだったのが、1ヶ月もたった頃のベストスコアが197にまでなっていた。
今では自分の隠し特技の1つになっている。
僕が仕事を辞める時に一番仲のいい奴から「子供の世話でどうしても金を貸して欲しい」と言われて貸してからは連絡が取れなくなり、周りの友達とも連絡が取れなくなって逃げられた。
友達だからと思い貸した自分が馬鹿だと後悔しても仕切れない。
優しさを自分は履き違えていた事に気づいて、金貸さないでちゃんと遊んでばっかの生活の仕方を指摘してあげた方が友達としては良い接し方だったな。と悔やんだが、それも後の祭りだ。
ちょうどその頃、片思いをしていた子にもフラれて僕はまた友達がいなくなった。
僕しか乗ってない昼間のバスに揺られながらあまりいい事のなかった思い出を回想して胸にしまった。
それでも閉じた胸の隙間から嫌な匂いが漏れ出していて気にしたくなくても気になってしまう。
思い出してもムカつく事ばかりだ。こんなにイライラしていると今回の一周で自分の中に終止符が打たれるのかも少し不安なってくる。
目的のバス停が近づいて来た。
財布から小銭を出してすぐに降りれるように荷物を扉の近くに運んでおいた。
運賃を払って荷物を下ろしたらお客のいないバスは行ってしまった。
また重い荷物を運びながら僕は細い民家沿いの路地を抜けて歩いた。
しばらく歩くと目的の浜。北名城ビーチに到着した。
遂にスタート地点に着いた事でテンションも上がってさっきまでのイライラが嘘のように晴れ晴れした気持ちになっていた。気持ちの温度差が一気に変わったからか思わずニヤリと笑ってしまった。
40キロ以上の荷物を支えている僕の膝も笑っていた。
浜を見渡すとちょこちょこ来ている人がいる。北名城ビーチは無料でキャンプもできるビーチで穴場スポットになっている。
ビーチは点々とグループが固まりながらBBQなどをしているので、一番グループ同士の間が広い所に荷物を下ろして僕は背負ってた荷物のジップを開けてカヤックを組み立て始めた。
組み立てもひと段落して、しゃがみ過ぎで硬くなった腰を抑えながらゆっくりと立ち上がって目の前の海を眺めると陽が傾き始めていた。
BBQしているグループの中には片付けを始めている所もある。昼間の賑やかさも落ち着いて静かになっていた。
まだ明るいうちに最後の食料調達に行きたかったので、スーパーまで買い出しに行った。帰り道で見つけた中華屋がうまそうなので晩飯を食ったりしている内にすっかり夜になってしまった。
浜に帰ってくるまでずっと、カヤックや荷物にイタズラされてないかだけが気がかりだった。
せっかく買ったギアとか盗まれていたら笑えない。だったら浜に置いてくなって話だけど買い出しの時に重いバックを持って行く訳にもいかなかったので、テントの中に隠しておいた。
一通り荷物のチェックして異常も見つからなかった。ホッと気持ちが緩んだら急に1日の疲れが出て眠くなってきた。
夏場はテントの中が暑いので寝る前にフライシートを剥がすとフルメッシュテントは網戸みたいなスケスケの状態になって風を通した。歯を磨いて気持ちがいいテントの中で横になった。
明日は満潮が9時頃だからその位に出発しようとざっくり予定を決めて眠りに落ちた。
遠くの方で話し声が聞こえる。
まだ夢なのか現実なのかはっきりしない意識は急に現実に引きづり出された。
目を開ければまだ空は暗く、星が光ってる。
時計を見たら夜中2時半。
なんで起きたのかわからずボーとしているとテントの横で話し声がする。
メッシュ生地越しに見てみると、車がテントの横に停まっていてその車にもたれるように男女がくっついている。
そして何やらいい感じのムードで話をしている声に僕は起こされたのだ。
それがわかった瞬間の気持ちは「マジか!!コイツら」しか出てこなかった。
他のBBQグループからこっそり2人で抜け出して星を見ながら口説くのはいいけど、人寝てるテントの横でやるか普通。
起されてムカついたので、ランタンとヘッドライトを点けて人いるよアピールしても効果は無く。
次は本読むふりして2人の方を向いて寝っ転がりながら、本を照らしてると見せかけてヘッドライトでチラチラ2人に当てても全く反応がなかった。
僕って人に見えてないのかなってちょっと疑いそうになるところだった。
ガサガサとテントの中で動いていたら、女の方が「あの人なんでこんな時間に起きてるの?」って男に聞いてる声が聞こえる。明らか僕のことだ。
男は「あの人は車で来てないから、片ずけとかも大変だから今からしないといけないんだよ。」
女「へぇ〜たっくんって物知りだね♡」
ちげーわ!!
たっくん、でまかせしか言ってないよ。
お前らの甘い会話でこちとら胃もたれしそうなんだわ!
流石にこれ以上、近くに居られると困るのでタバコを吸いがてらテントから出て
カップルに眠れないから離れて欲しい旨を伝えると快く受け入れてくれた。
最初からこうしてればよかった。
こうしてもう一度眠りについた。
次は日差しの暑さで目が覚めた。
首回りの汗をぬぐいながら起きて、時計を確認すると8時前であった。
これはちょうどいい時間に起きれたなと荷物をまとめてカヤックを出発できる状態に完璧に整えた。
これから沖縄本島一周が始まる。
自分の知らない出来事やこれから行く場所に心を踊らせながら、少し不安も感じながら武者震いの様な感覚が僕の中を駆け巡った。
「よっしゃ。」とつぶやいて僕はカヤックに乗り込もうとしていたら、知らないおじさんに声をかけられた。
「俺もカヤック持ってるよ。今日は天気も良くていいね。」
不意に声をかけられて、ちょうど海に出ようとしていた気持ちに急ブレーキをかけられた様で少しムッとした僕は適当な返事であしらった。
「でもカヤックって疲れるからね。そこまで行くのが限界だよね。」
おじさんの指差す方向はたった1キロもないポイントの事で、これからこの島を一周しようとしている自分がおじさんと同じ土俵にいる程で話してくるのが癪に触れた。
僕の1人乗りカヤックにも何やら言っていて「僕のは二人乗りカヤックだけど、君のと同じくらいのサイズだよ。」と言っていたので、すかさず僕は「小さすぎないですか?本当にあってますか?シーカヤックでそんな小さいの知らないんですけど。」
と冷たくあしらいながら質問責めにしたら、おじさんは何も言わなくなって固まってしまった。僕はおじさんに背を向けてカヤックに乗り込んで海に出た。
昨日の夜といい出発間際といい調子を狂わされたイライラが抜けきっておらず、「けっ」と心の中で唾を吐いて、悶々とした気持ちのまま沖縄本島にケリをつける為の旅が始まった。
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