沖縄本島一周。2日目の朝。犬とオヤジと海と

 

話が続いているので、よければこちらからお読みください。

 

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沖縄本島一周を始めて2日目の朝。

 

天気も良く7月の蒸し暑い夜はなるべく風を通したいのでフライシートはつけないで、蚊帳同様のフルメッシュのテントの中で眠っていた。

 

どのくらい寝てたのか、遠くの方で何か聞こえる。

外の音が気になって意識が遠くの方から徐々に現実に引き戻される。

耳を澄ますと顔の近くでハァハァと吐息が聞こえる。寝起きでボ〜とする頭でゆっくり目を開けてみた。するとテントのメッシュ生地を挟んで犬が僕の顔を覗き込んでいる。 

「なんだ犬かぁ。」と半ば夢見心地で犬の顔を覗き込んでいると犬と目があった。

その瞬間、犬のテンションが一気に上がって地面を掘る動きでテントの生地を破ろうと前足で引っ掻き始めた。

 

まだ買ったばかりのテントで普段から傷がつかないように自分でも気を使っている物を傷つけられた怒りで一気に目が覚めた。犬に向かって大声を出しながらテントの内側から押し返しても何度も掘ろうとしてくるので、どうにかして追い払おうとテントの外に出ようとした時に『おい!!』と声がして犬がピタっと止まった。

クルッと方向を向けて犬が走っていく先には立派なビール腹が出たオヤジがいた。

 

オヤジを見て「いるなら早く止めろよ。fuck!!」と思いながら寝起きの気分も起こされ方も最悪でブスッとしながらテントの外に出てタバコに火をつけた。

空はまだ薄暗い。遠くの方は徐々に明るくなり始めていてかろうじてシルエットだけ見える感じであった。時計を見るとまだ朝5時を指している。もう1時間は寝る予定だったので更にムッとした。

僕は浜に腰を下ろしてもう少し明るくなったら荷物をまとめようと思いそれまでボーとしていた。

不意にオヤジの方を見るとオヤジもこっちを見ていた。軽く会釈をして少し空も白み始めたので荷物をまとめようとテントの中に入ったら、クソ犬がまた目の前に現れて嬉しそうにハァハァとこっちを見ていた。

またかよと嫌な気がしたが案の定さっきと同じ所をバリバリと掘り始めたので「やめろ!!」と犬の事をテントの中から押しながらオヤジの方を見ると何故か僕と犬の攻防を眺めている。内心びっくりしたが、オヤジの方を見ながら「止めて!止めて!」と僕は叫ぶとオヤジは「おい!」と大声で犬に声をかける。オヤジが呼ぶと犬がピタッと止まる。

犬がオヤジの方に向かおうと方向転換するその時、犬のオデコに何かマークが濃い赤で描かれているのが一瞬見えた。

 

その時、僕はなんのマークか気になった反面さっきから変わったオヤジと思っていた上に飼い犬のおでこに謎のマークを描いちゃうなんてかなりの変人か信仰心が強すぎる人なのではないかとオヤジを更に警戒した。

そんなタイミングでオヤジは僕に話しかけてきた。こっちは刺激しない様にどうにか相槌でその場を乗り切ろうとしていたが、オヤジは初対面の僕に突然自分の生い立ちを話し始めた。

いきなりだなと驚いてる僕をよそにオヤジの話は止まらず、僕はイヌのマークが気になってしまって、8割以上は話が入ってこなかった。チラチラ、イヌの方を見ても額がちょうど見えなくて、もどかしさと刺激しないようにとで悶々としていた。

 

オヤジに犬の額に描いてあるマークについて聞こうか迷ったが、もしそれで宗教とかの話を永遠されたらたまったもんじゃないなと思った。現に初対面の相手に自分の生い立ちを長々と話す様な人だ。どんな内容になっても話が長いに決まっている。

さっさとオヤジと別れてクソ犬のマークだけ見て退散したかった。

 

そんな事を考えていたら、犬は走ってドンドン遠くに行ってしまう。「頼む!クソ犬と思ってゴメン」と祈ったが全く願いは届かなかった。オヤジと2人きりになってしまってまた長々と生い立ちの話を聞いているとオヤジはこの辺りが出身で小さい頃からこの浜辺で過ごしていた事がわかった。

学生時代は学校が終わると友達と浜辺に集まってタコや魚を獲ってきてそれを肴に誰かが家から盗んできた酒を飲みながら毎日を過ごしていたそうだ。今ではイヌの散歩で毎朝来ているらしい。

僕はふらっと一泊しただけの浜だったけど、このオヤジにとっては昔から多くの時間を過ごしている浜辺であった。オヤジが遊んでいた若い頃を想像して目の前の海に照らし合わせてみた。そんな風景を妄想していると自分の今いる所が何か近い場所に感じる。

オヤジの見ている目の前の海と僕が今見てる海は同じ風景のはずだけど厚みが違う。その目線を少しオヤジに見せてもらった気がした。

今ではオヤジの孫が毎日友達とこの浜で遊んでいるらしい。

オヤジに対して構えていた力が少し抜けたが、まだイヌの事が気になっていて安心はできていない。僕は下がりかけたガードを再び構え直した。

 

話に間ができたので、犬のことを聞いてみた。名前はゴンタ、まだ若いオスであった。

名前が分かったので呼んでみる。ゴンタはクルリと振り向き、めちゃめちゃ嬉しそうにこっちに走って来る。僕もついにマークがわかるので嬉しかった。

待ちどうしい瞬間が近づいてくる。早くとにかく早くマークが見たい!近づいて来るゴンタは正直どうでもよかった。僕はマークしか見えてなかった。赤いマークが徐々に一歩、一歩と近づいてきて、ハッキリとマークが見えた!

 

 

え、え、どういうことですか?これなんの意味があるのかと驚きながらおじさんに聞いてみた。

「これ、郵便局のマークですよね・・・?」 

「そうだよ。」と当たり前の感じで言うオヤジ。

オヤジは続けて

郵便局員の飼ってる犬だから宣伝で貼っている。もっと世の中に郵便局を広めないといけない!」

 

え、郵便局自体を宣伝する必要あるっけ?イベントとかの宣伝なら分かるけど、日本人なら郵便局は知らない人いないんじゃ無いかな。

拍子抜けしたのと予想を軽々と超えてきたので緊張が解けてどっと疲れた。

気がつくと6時半も過ぎてオヤジもそろそろ仕事の時間だったそうなので別れ際に何かあったら連絡してくれと電話番号を教えてくれた。

次会う事があれば飯でも一緒に食おうと言っていたが、もう会うことも無いだろう。

それはオヤジも感じてたと思う。

 

初対面の僕のことを気遣ってくれて優しい変わったオヤジと人懐っこい犬だな。と僕も緊張が解けたし人の優しさに穏やかな気持ちになっていた。

僕も海に出る準備をしようと思ってテントの中に入って荷物をまとめていたら、テントに穴が空いているのに気がついた。

「あのクソ犬!」とイライラしながらテントの穴を直すのであった。

 

 

 

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