犬とオヤジと悪魔宗教
沖縄本島をカヤックで1周していた時の話。
時刻も夕方近くになり、人の来なそうな砂浜を見つけ、そこで一晩を過ごす事にしてカヤックで上陸した。
天気も良く7月の蒸し暑い夜はなるべく風を通したいのでフライシートはつけずフルメッシュのテントで眠っていた。
どのくらい寝てたのか、夢と現実の間でボヤ~と遠くの意識が徐々に近づいてきて、体は寝ている状態だが意識だけ目が覚め始めた。
顔の近くでハァハァと吐息が聞こえる。寝起きでボーとしながら音が気になり、ゆっくり目を開けて見ると、メッシュ生地を挟んで白い犬が僕の顔を覗き込んでいる。なんだ犬かぁ。と半ば夢見心地で犬の顔を覗き込んでみた。犬と目があった、その瞬間、犬のテンションが一気に跳ね上がって地面を掘る動きでテントの生地を破ろうと前足で引っ掻き始めたのだ!
まだ買ったばかりのテントで普段から傷がつかないように自分でも気を使っているのに、「コイツ!!」と頭にきたので犬に向かって大声を出しながらテントの内側から押し返しても何度も掘ろうとしてくるので、どうにかして追い払おうとテントの外に出ようとした時、『おい!!』と声がして犬がピタっと止まった。
クルリと方向を向けて犬が走っていく先には立派なビール腹が出たオヤジがいた。
それを見て「いるなら早く止めろよ」と思いながら寝起きが悪く、しかも一発目から頭にくる事をされ、ブスッとした雰囲気を出しながら伸びをして目を覚ましていた。
時計を見ると5時半を少しすぎた辺り、まだ薄暗く1日の始まりのバタバタに、いきなり疲れたなと思いながら、テントから出てタバコを吸っていた。
チラリとオヤジを見るとオヤジもこっちを見ていた、軽く会釈をして、荷物をまとめようとテントの中に入ると、さっきの犬がまた目の前に現れて嬉しそうにハァハァとこっちを見ていた。
またかよと嫌な気がしたが案の定、さっきと同じ所をバリバリと掘り始めて「やめろ!!」と犬の事を押しながらさっきのオヤジを探すと何故かそれを見ていた。
内心びっくりしたが、オヤジの方を見ながら「止めて!止めて!」と言うとまた「おい!」とオヤジが呼ぶと犬がピタッと止まる。犬を見るとオヤジの方に向かおうとくるっと方向転換するその一瞬、犬のおデコに何かマークが濃い赤で描かれているのが一瞬見えた。
その時、僕はなんのマークか気になってしまった反面、さっきから変わったオヤジと思っていた上に飼い犬のおでこに謎のマークを描いちゃうなんて変な人なんじゃないかなって、オヤジを少し警戒していた。
すると、オヤジは僕に話しかけてきて、こっちは刺激しないようにどうにかその場を乗り切ろうとしていたが、オヤジは初対面の僕に突然自分の生い立ちを話し始めた。
いきなりだなと、ビックリしてる僕をよそにオヤジの話は止まらず、僕も驚いているのと、イヌのマークが気になってしまって、8割以上は話が入ってこなかった。チラチラ、イヌの方を見ても額がちょうど見えなくて、もどかしさと刺激しないようにとで悶々としていた。
犬は走ってドンドン遠くに行ってしまい「頼む!クソ犬と思ってゴメン」と内心思いながら祈ったが全く願いは届かなかった。おじさんと2人きりになってしまって少し緊張気味に生い立ちの話を聞いているとオヤジはこの辺りが出身で小さい頃からこの浜辺で過ごしていたらしい、学生時代は学校が終わると友達と浜辺に集まって、タコや魚を獲って食べ、誰かが家から盗んできた酒を飲みながら毎日を過ごしていたそうだ。今ではイヌの散歩で毎朝来ているらしい。
僕はふらっと一泊しただけの浜だったけど、このオヤジにとっては昔から過ごしている浜辺であった。昔からそこにいる人の話を聞くだけで、自分の今いる所が何か近いものに感じた。
オヤジに対して構えていた力が少し抜けたが、まだイヌの事が気になっていて安心はできていなかった。
話に間ができたので、イヌのことを聞いてみた。名前はゴンタ、まだ若い、オスであった。名前が分かったので呼んでみる。クルリと振り向き、めちゃめちゃ嬉しそうにこっちに走って来るゴンタ。僕もついにマークがわかるので嬉しかった。
待ちどうしい瞬間が近づいて来るので、早くとにかく早くマークが見たい!近づいて来るゴンタのマークしか見ていなかった。赤いマークが徐々に一歩、一歩と近づいてきて、はっきりマークが見えた!
え、え、どういうことですか?これなんの意味があるのかと驚きながらおじさんに聞いてみた。
「これ、郵便局のマークですよね・・・?」 そうだよと当たり前に言うオヤジ。
「郵便局員の飼ってる犬だから宣伝で貼っている、もっと世の中に郵便局を広めないといけない」
なんですかそれって、郵便局を宣伝する必要あるっけ?
拍子抜けしたのと、予想を軽々と超えてきたので、緊張が解けてどっと疲れた。
気がつくと6時半も過ぎて、オヤジもそろそろ仕事の時間だったそうなので別れ際に、何かあったら連絡してくれと電話番号を教えてくれた。
初対面の僕のことを気遣ってくれて優しい変わった人と人懐っこい犬だったなと思いながら、僕も海に出る準備をしようと思って、テントの中に入って荷物をまとめていたら、テントに穴が空いているのに気づいた。
「あのクソ犬!」とイライラしながらテントの穴を直すのであった。